2010年4月14日
アルプ・シュニットガー
シュニットガーの誕生について、詳細な状況は不明である。1648年7月2日生まれとする、シュニットガー研究者グスタフ・フォックの推論が広く知られている。しかし、この説は典拠がなく確度は乏しい。彼の誕生に関する史料としてはゴルツヴァルデンの教会に遺された1648年7月9日という洗礼の日付がある。
アルプ・シュニットガーは、祖先からシュマーレンフレート(ブラーケ)に住んだ有名な家具職人の一家に生まれた。ファミリーネームのシュニトガー (Schnitger) は先祖の職業を示している。アルプ・シュニットガーの祖父ベーレントは「Snitker」(現代ドイツ語の「Schnitzer」=「彫刻家」)で、家具職人を兼ねた。父親のアルプ・シュニットガー(父)(1610/15年 - 1680年)は家具製作のマイスターであったが、ゴルツヴァルデンのオルガン製作に携わったことが証明されている。その妻については、カタリーナというファーストネームと没年(1674年)だけが知られている。彼らの結婚からは少なくとも5人の子供が誕生し、本項のアルプはおそらくその末子であったとされる。1695年までに「Schnitker」または「Schnittker」と書いていた名前を、「Schnitger」に変更していた。
シュニットガーの子供時代や成長期についてはわずかなことしか知られていない。彼は兄弟姉妹とともに育てられ、手仕事をおそらく父親から教わった(1662年 - 1666年)。その後彼は、1673年にエルベ川下流沿いのグリュックシュタットに住む縁者のベーレント・フスの下で遍歴職人となった。おそらくここでシュニットガーは1666年から1671年までオルガン製造を学んだと考えられる。1673年のシュターデ聖コスマス教会オルガン完成がこの時代の総仕上げであった。シュニットガーにとって幸いだったのは、生涯の友人となるヴィンツェント・リューベックと知り合ったことであった。リューベックは1674年から1702年まで聖コスマス教会のオルガニストで、1702年から1740年まではハンブルク聖ニコライ教会にシュニットガーが製造した大オルガンのオルガニストを務めた人物である。1676年に師匠が亡くなった後、シュニットガーは29歳でシュターデ聖ヴィルハーディ教会のオルガン製造を完成させた。初めはフス未亡人の委託を受ける形で工事を行ったのだが、1677年に独立したマイスターとなった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
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